日本とアジアの音階
約 15 分
この節のねらい
日本の伝統音階も多くが五音音階ですが、抜く音の選び方が違うため西洋の五音音階とは別の世界になります。ヨナ抜き・琉球・都節の構造を比較し、通説として広まっている帰属の誤りも正します。
- ヨナ抜き音階がメジャーペンタトニックと同じ構造であることを説明できる
- 琉球音階と都節音階の違いを、含まれる半音の位置で説明できる
- 都節音階が近世邦楽(三味線・箏・尺八)の音階であり雅楽とは別系統だと説明できる
- 「抜く音の選び方」が音階の性格を決めるという視点を説明できる
前の節で「五音音階は7音から2音を抜いたもの」と確認しました。この節では抜く音の選び方を変えると何が起きるかを見ます。
結論から言うと、抜く2音の選び方で音階の性格は劇的に変わります。日本やアジアの音階は、西洋の五音音階と音数は同じでも抜き方が違うために、まったく別の世界を作っています。
ヨナ抜き音階 — 実はメジャーペンタトニックと同じ
日本で「和風の音階」としてもっとも広く知られているのがヨナ抜き音階です。名前の由来は、長音階の第4音(ヨ)と第7音(ナ)を抜くことから来ています。
ここで正直に指摘しておくべきことがあります。この構成音はメジャーペンタトニックとまったく同じです。C D E G A で、前の節で扱った音階と1音も違いません。
つまり「ヨナ抜き音階」は、メジャーペンタトニックの日本語での呼び名と言ってよいものです。「ヨナ抜きだから和風」という説明は、構造としては成立しません。スコットランド民謡もアメリカのフォークソングも同じ音階を使っています。
では日本の唱歌や童謡が和風に聞こえるのはなぜか。音階ではなく、旋律の動き方・リズム・終わり方といった別の要素によります。音階だけが様式を決めるわけではない、という重要な教訓がここにあります。
同じ音階、違う印象
確認: どちらも同じ5音(C D E G A)です。1つめは順に上下するだけ、2つめは4度・5度の跳躍を多く含む動きにしています。同じ音階でも旋律の動かし方で印象が変わることを確かめてください。「音階=様式」ではありません。
琉球音階 — 抜く場所を変える
同じ長音階から、第2音と第6音を抜いてみます。すると C E F G B になります。これが琉球音階(沖縄音階)です。「ニロ抜き」とも呼ばれます。
決定的な違いは、半音が残っていることです。ヨナ抜きは半音を作る音(第4音・第7音)を抜いたのに対し、琉球音階はその音を残して、逆に半音を作らない音(第2音・第6音)を抜きました。
結果として E–F と B–C という2つの半音が音階の中に生き、独特の明るく張った響きになります。沖縄音楽の特徴的な音の感じは、この半音の存在から来ています。
ヨナ抜きと琉球を聴き比べる
確認: どちらも C を主音とする五音音階で、元は同じ長音階です。抜いた音が違うだけ。ヨナ抜きは滑らかで穏やか、琉球は半音があるため張りのある明るさになります。「抜く音の選び方」で世界が変わることを確かめてください。
第4・7音を抜く
確認
琉球音階に含まれる半音はどこですか(C を主音とした場合)?
都節音階 — 半音の位置が正反対
もう1つ重要な日本の音階が都節音階(みやこぶし)です。陰旋法とも呼ばれます。
C を主音とすると C D♭ F G A♭ です。
この音階も半音を2つ含みますが、位置が琉球音階と正反対です。
| 音階 | 半音の位置 | 印象 |
|---|---|---|
| 琉球 | 第3–4音間・第7–8音間 | 明るく張った |
| 都節 | 主音の上・第5音の上 | 暗く緊張した |
主音のすぐ上に半音があるという構造は、ユニット2で扱ったフリジアン(♭2)と同じ発想です。主音への強い引力と、同時に不安定さを生みます。
帰属について — 都節は雅楽の音階ではない
ここで広く流布している誤りを正しておきます。都節音階を「雅楽の音階」「日本古来の音階」と説明する記述をよく見かけますが、これは正確ではありません。
都節音階(陰旋法)は江戸時代以降の近世邦楽——三味線音楽(地歌・長唄)、箏曲、尺八——で用いられた音階です。
一方雅楽は奈良・平安時代に大陸から伝わった宮廷音楽で、律旋法・呂旋法という別系統の音階理論を持ちます。時代も担い手も音階の体系も違います。
「日本の伝統音楽」とひとまとめにすると見落としますが、雅楽(古代・宮廷)と近世邦楽(江戸・市民)は別の音楽文化です。都節音階を雅楽に帰属させるのは、時代を1000年近く誤ることになります。
3つの日本の音階を続けて聴く
確認: ヨナ抜き(半音なし・穏やか)、琉球(半音が明るい位置)、都節(半音が暗い位置)。同じ5音という制約の中で、これだけ違う世界が作れることを確かめてください。とくに都節の1音目から2音目への半音が印象を決めています。
確認
都節音階の第2音は、主音から見てどんな音程ですか?
「抜き方」で音階を比較する視点
この節でいちばん持ち帰ってほしいのは、具体的な音階の暗記ではなく比較の軸です。
同じ「長音階から2音抜いた五音音階」という枠の中で、
- 半音を消す方向 → ヨナ抜き(=メジャーペンタトニック)
- 半音を残す方向 → 琉球音階
- 半音を主音の近くに置く方向 → 都節音階
という3つの選択肢があり、それぞれ別の音楽文化を支えています。
この視点は、アラビア音楽やペルシャ音楽の音階を理解するときにも使えます。音階を暗記リストとして覚えるのではなく、「どこに半音を置いたか」で整理すると、世界の音階が一つの地図に載ります。
半音が隣り合うと増2度が生まれる
半音の置き場所を突き詰めると、七音音階でも同じ発想が使えます。半音を2つ近づけて置くと、そのあいだに増2度ができるのです。
このユニットの「3種のマイナースケール」で、和声的短音階の第6–7音間が増2度になることを見ました(ハ調なら A♭–B)。同じ構造を意図的に2箇所に持つ音階があります。
| 音階 | ハ音上の綴り | 増2度になる場所 |
|---|---|---|
| 和声的短音階 | C D E♭ F G A♭ B | 第6–7音(A♭–B) |
| ハンガリアンマイナー | C D E♭ F♯ G A♭ B | 第3–4音(E♭–F♯)と第6–7音(A♭–B) |
| ドゥーブルハーモニック | C D♭ E F G A♭ B | 第2–3音(D♭–E)と第6–7音(A♭–B) |
ハンガリアンマイナーは東欧、ドゥーブルハーモニック(アラビア音階とも呼ばれます)は中東やスペイン系の音楽と結びつけられます。異国的に聴こえる理由は音階そのものの珍しさではなく、増2度という1つの音程です。短調で「歌いにくいから避ける」と扱った音程が、別の文化では前面に出る特徴になっている、ということです。
増2度が1箇所か2箇所か
確認: 1つめは和声的短音階で、増2度は第6–7音の1箇所だけです。2つめのハンガリアンマイナーは第3–4音にも増2度があり、異国的な感じが倍になります。3つめのドゥーブルハーモニックは主音のすぐ上にも半音があるので、都節音階と似た緊張が加わります。引っかかる箇所がいくつあるかを数えてみてください。
増2度は1箇所
練習問題
答えは理論エンジンで検算しています。まず自分で解いてから採点してください。
- 1
C ヨナ抜き音階(陽音階系の五音音階)の構成音を、下から5音並べてください。半角スペース区切りで答えてください。
- 2
C 琉球音階の構成音を、下から5音並べてください。半角スペース区切りで答えてください。
- 3
C 都節音階の構成音を、下から5音並べてください。半角スペース区切りで答えてください。
- 4
都節音階(陰旋法)が主に使われるのは、どの音楽ですか。
- 5
琉球音階と都節音階は、どちらも半音を含む五音音階です。決定的な違いは何ですか。
到達確認
次に進む前に、上の項目を自分の言葉で説明できるか確かめてください。
出典・参考
- 文化デジタルライブラリー(日本芸術文化振興会) — 近世邦楽(地歌・箏曲・長唄)における陰旋法・陽旋法の位置づけについて
- In scale — Wikipedia — 都節音階(in scale)が三味線・箏の音楽の音階であり、雅楽の音階とは区別されることについて