neirocca sound-first music theory

音階と調 · 節 2

3種のマイナースケール

約 15 分

この節のねらい

短音階が3種類あるのは、和声の要求と旋律の歌いやすさが衝突するからです。自然的短音階を出発点に、なぜ第7音を上げる必要が生じ、そこで生まれた増2度をどう回避したのかという順序で理解します。

  • 自然的短音階を長音階との違い(第3・6・7音が半音低い)で説明できる
  • 和声的短音階が生まれた理由(導音が必要)を説明できる
  • 和声的短音階の第6–7音間が増2度になることを指摘できる
  • 旋律的短音階が上行と下行で違う理由を説明できる
この節の内容
  1. 出発点は自然的短音階
  2. 和声の問題 — 導音がない
  3. 解決策1: 和声的短音階
  4. 解決策2: 旋律的短音階
  5. 実務では3つが混ざって使われる

長音階が1種類なのに対し、短音階は3種類あります。これは初学者が最初に「音楽理論は面倒だ」と感じるところですが、3つある理由は明快で、しかも歴史的な順序があります。

結論を先に言うと、和声が要求するものと旋律が求めるものが衝突したためです。その衝突の解決の記録が3種類として残っています。

出発点は自然的短音階

まず自然的短音階(natural minor)です。長音階の第3・6・7音を半音下げた形と定義できます。

音度長音階自然的短音階
3長3度短3度
6長6度短6度
7長7度短7度

音程の並びは 全 – 半 – 全 – 全 – 半 – 全 – 全 です。

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図1: イ短調の自然的短音階。白鍵だけで作れる唯一の短音階で、ハ長調と同じ音の集合(主音が違うだけ)

イ短調が白鍵だけで作れるのは、ハ長調と同じ音の集合だからです。音の集合が同じで主音だけが違う関係を平行調と呼びます。だから調号も同じ(どちらも記号なし)になります。

「同じ音を使うのに、なぜ違う音階なのか」——それはどの音を中心と感じるかが違うからです。A を中心にすれば短音階、C を中心にすれば長音階になります。音階を決めるのは音の集合ではなく、主音との関係です。

同じ音の集合、違う主音

確認: 1つめは C から、2つめは A から、同じ白鍵7音を弾いています。使っている音はまったく同じなのに、明るい/暗いが変わることを確かめてください。3つめは A で終わったあとに Am の和音を鳴らしたもので、A が中心だとより強く感じられます。

明るい

和声の問題 — 導音がない

自然的短音階には和声上の弱点があります。第7音が主音から短7度なので、主音まで全音離れています。

前の節で見たとおり、長音階の強い着地感は第7音から主音への半音の引力(導音)から来ていました。自然的短音階にはこれがありません。結果として、終止の力が弱くなります。

具体的には、第5音の上に作る和音が問題になります。イ短調で E の上に三和音を積むと E–G–B でEm(短三和音)です。長調の V が明るい長三和音で強い解決力を持つのに対し、短調の v は弱い。

導音の有無で終止の力が変わる

確認: 1つめは自然的短音階のまま v → i(Em → Am)。2つめは第7音を上げた V → i(E → Am)です。2つめのほうが明確に「終わった」と感じられることを確かめてください。この差が、和声的短音階が作られた理由そのものです。

Em → Am。着地が弱い

解決策1: 和声的短音階

そこで第7音だけを半音上げることにしました。これが和声的短音階(harmonic minor)です。「和声的」という名前は、まさに和声の要求から生まれたことを示しています。

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図2: イ短調の和声的短音階。第7音が G♯ に(調号にないので臨時記号として書く)

これで導音が得られ、V が長三和音になって強い終止が使えるようになりました。短調の曲の楽譜に調号にない臨時記号が頻繁に出てくるのは、ほぼこの第7音の上げです。前のユニットで「短調の判別の手がかり」と書いたのがこれです。

ただし増2度が生まれる

しかし副作用があります。第6音(F)と第7音(G♯)のあいだが3半音になりました。文字は F と G の2つなので2度、長2度より1つ広いので増2度です。

増2度は歌いにくい音程です。ユニット5で扱いますが、声部書法では増音程の旋律進行は禁則とされます。つまり和声の問題を解決したら、旋律の問題が生まれたことになります。

一方でこの増2度は、独特の異国的な響きを持ちます。中東やスペイン系の音楽で意図的に使われるのはこの音程です(このユニットの「日本とアジアの音階」で、増2度を2箇所に持つ音階として再登場します)。

確認

ハ短調の和声的短音階で、増2度になるのはどの2音のあいだですか?

解決策2: 旋律的短音階

増2度を避けるにはどうするか。第6音も一緒に上げてしまうという手があります。第6音を上げれば第6–7音間は全音に戻り、滑らかになります。

これが旋律的短音階(melodic minor)です。ただしここに巧妙な仕掛けがあります。上行と下行で形が違うのです。

  • 上行: 第6・7音を上げる(導音が必要な方向なので)
  • 下行: 自然的短音階に戻す(下がるときは導音が不要だから)
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図3: イ短調の旋律的短音階(上行形)。F♯ と G♯ の両方を上げるので第6–7音間が全音になり、増2度が消える

下行では F♯ と G♯ をやめて F・G に戻します。つまり1つの音階が方向によって別の音を使うという、他に例のない構造になっています。

この不思議な形は、和声(導音が欲しい)と旋律(増2度を避けたい)という2つの要求の妥協案として理解するのが正確です。理屈から演繹された形ではなく、実践の中で見つかった解決策です。

3種類を続けて聴く

確認: 1つめは自然的短音階、2つめは和声的短音階(第7音が上がり、第6–7音間に増2度の飛躍がある)、3つめは旋律的短音階の上行(第6音も上げて滑らかになった)。2つめの第6–7音間の「引っかかり」と、3つめでそれが消えることを確かめてください。

導音なし

確認

旋律的短音階の下行形は、どの音階と同じ形になりますか?

実務では3つが混ざって使われる

重要な注意です。実際の楽曲は「この曲は和声的短音階で書かれている」というふうには作られていません。3つの形が同じ曲の中で状況に応じて混ざります

  • 和音を作るとき(とくに V)→ 第7音を上げる
  • 旋律が第6音から第7音へ順次進行するとき → 第6音も上げる
  • 旋律が下降するとき、または暗い雰囲気を保ちたいとき → 自然形

つまり短調の実体は「3つの音階のどれか」ではなく、第6音と第7音が状況で上下する調です。3種類という分類は、その可変性を教えるための整理だと考えるのが実態に近いです。

この可変性は、後のユニットで短調のダイアトニックコードを扱うときに直接効いてきます。短調では同じ音度の上に複数の和音が立ちうる(v と V の両方が存在する)のは、この第7音の可変性から来ています。

3種類を切り替えて鳴らす スケール辞典で natural / harmonic / melodic minor を切り替えてください。鍵盤のハイライトがどの音だけ変わるかを見ると、違いが1〜2音であることが実感できます スケール(音階)辞典 → 短調のダイアトニックコードを先に覗いてみる V が長三和音になっているのは、第7音を上げた和声的短音階を使っているからです。ユニット3で正面から扱います ダイアトニックコード早見 →

練習問題

答えは理論エンジンで検算しています。まず自分で解いてから採点してください。

  1. 1

    イ短調(A minor)の自然的短音階を、正しい綴りで下から7音並べてください。半角スペース区切りで答えてください。

  2. 2

    ハ短調(C minor)の和声的短音階を、正しい綴りで下から7音並べてください。半角スペース区切りで答えてください。

  3. 3

    和声的短音階の第6音と第7音のあいだの音程は何ですか。

  4. 4

    旋律的短音階が上行と下行で違う形になるのは、何を両立させるためですか。

  5. 5

    自然的短音階を長音階と比べると、どの音が半音低いですか。

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到達確認

次に進む前に、上の項目を自分の言葉で説明できるか確かめてください。

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