転調の技法
約 17 分
この節のねらい
曲の途中で調そのものを移す方法を扱います。共通和音を橋にする、属七で押し込む、同じ響きを別の綴りで読み替える。近さの尺度と、転調を成立させる条件を整理します。
- 転調と移調の違いを説明できる
- 近親調を五度圏・平行調・同主調の3方向から挙げられる
- 共通和音(ピボット)を2つの調のダイアトニック和音から見つけられる
- 転調が成立するには新しい調の属和音から主和音への進行が要ることを説明できる
ここまでの4節では、音階の外の音を調を保ったまま使ってきました。副属和音も借用和音もナポリも増六も、最後は元の調の主和音へ戻ります。
この節では戻りません。調そのものを移します。
転調と移調は別のこと
まず用語を切り分けます。
- 転調 — 1つの曲の途中で調が変わる。聴き手は「変わった」と感じる
- 移調 — 曲を丸ごと別の高さに書き直す。聴き手は「同じ曲」としか感じない
移調は歌いやすい高さを探したり、楽器の都合に合わせたりするための作業です。転調は曲の構造を作るための技法です。名前が似ているだけで、目的も効果もまったく違います。
近さの尺度 — 3つの方向
どの調へでも転調はできますが、近い調とそうでない調があります。近さには3つの物差しがあります。
| 方向 | ハ長調から見て | 調号の差 |
|---|---|---|
| 五度圏の隣 | ト長調(属調)・ヘ長調(下属調) | 1つ |
| 平行調(相対調) | イ短調 | 0 |
| 同主調 | ハ短調 | 3つ |
この3方向を組み合わせた調(属調の平行調、下属調の平行調など)までを近親調と呼ぶのが一般的です。ハ長調なら G・F・Am・Em・Dm あたりが該当します。
調号の記号の数の差が、遠さのいちばん分かりやすい目安です。ハ長調(0)から嬰ヘ長調(シャープ6つ)へ行くのは差が6つあり、共有する音が少ないので「遠い転調」になります。
共通和音を橋にする
最も滑らかな方法は、2つの調の両方に属する和音を見つけて、そこで意味を切り替えることです。これをピボット(軸)和音といいます。
ハ長調とト長調のダイアトニック三和音を並べてみます。
| 和音 | ハ長調では | ト長調では |
|---|---|---|
| C | I | IV |
| Em | iii | vi |
| G | V | I |
| Am | vi | ii |
| Dm | ii | (無し。ト長調は D) |
| F | IV | (無し。ト長調は F#dim) |
| Bdim | vii° | (無し。ト長調は Bm) |
共通するのは4つ。この4つはどれも「2つの意味を同時に持つ」ので、そこを通過するあいだに聴き手の解釈を入れ替えられます。
図1で C の和音は2回意味を変えていません。鳴った瞬間はまだハ長調の I です。次に D7 が来て F# が鳴った瞬間に、聴き手は遡って「さっきの C は IV だった」と解釈し直します。
この「遡って解釈が変わる」ところが転調の面白さです。ピボット和音そのものには何の変化もありません。
ピボットのある転調と、いきなりの転調
確認: どちらも最後はト長調の主和音に着きます。1つめは C の和音を橋にして滑り込むので、境目がどこだったか分かりにくいはずです。2つめはハ長調の和音の直後にト長調の属七をぶつけるので、切り替わりの瞬間がはっきり見えます。滑らかさを取るか、意外性を取るかの選択です。
C – F – C(=IV) – D7 – G
確認
ハ長調とイ短調に共通するダイアトニック三和音はいくつありますか。イ短調は和声の標準どおり和声的短音階で考えてください。
属七で押し込む
もう1つの基本形は、新しい調の属七をいきなり置く方法です。前の節までに扱った副属和音の発展形と考えられます。
副属和音は「一時的に主和音を引っ越させて、すぐ戻る」ものでした。戻らずにそのまま居座れば、それは転調です。両者の境目はその後どれだけ長くその調に留まるかだけで、和音そのものに違いはありません。
図2で決め手になるのは G# です。この音はハ長調にもイ短調の自然的短音階にも存在しません。和声的短音階の導音としてだけ現れる音なので、鳴った瞬間に「イ短調へ来た」と分かります。
ここから転調が成立する条件が導けます。
新しい調の属和音から主和音への進行を、その調の導音を鳴らしながら通ること。これが無いと、聴き手には「借用和音が出てきただけ」に聞こえます。副属和音との違いはここにあります。
同じ響きを別の綴りで読み替える
前の節の最後で触れた技法を回収します。ドイツの増六と属七はまったく同じ響きでした。
ハ短調のドイツの増六は Ab C Eb F#。F# を Gb と書き替えると Ab C Eb Gb、つまり Ab7 です。そして Ab7 は変ニ長調の属七なので、Db へ解決できます。
| 読み方 | 和音 | 行き先 |
|---|---|---|
| Ab C Eb F# | ハ調の Ger6 | G(ハ調の属和音) |
| Ab C Eb Gb | 変ニ長調の V7 | Db(変ニ長調の主和音) |
鳴っている音は1つも変わりません。変わるのは書き方だけで、それによって行き先が別の調に切り替わります。これを異名同音転調といいます。
ハ調と変ニ長調は五度圏で見ると遠い調です。それを1つの和音で結べるのは、増六の和音が「同じ音の集合が2通りに解釈できる」という性質を持つからです。
同じ和音が2つの行き先を持つ
確認: 最初の3つの音は2つの変奏でまったく同じです。4つめの和音だけが違います。1つめはハ短調の属和音へ、2つめは変ニ長調の主和音へ進みます。同じ和音を聴いているのに、次に何が来るかで「さっきのは何だったのか」の答えが変わることを体験してください。読み替えとは、聴き手の予想を裏切ることそのものです。
…→ Ger6 → V(ハ短調のまま)
確認
異名同音転調が「遠い調へ一気に移る」手段として使えるのはなぜですか。
転調の使いどころ
形式の観点から見ると、転調は対比を作る道具です。U7 で扱った三部形式の B の部分や、ソナタ形式の第2主題が別の調で提示されるのはこのためです。
そして戻ってくることが前提になっています。遠くへ行くほど、戻ったときの安心感が強くなる。U7 で「回帰は聴き手の記憶を報酬に変える」と書いたのと同じ原理が、調のレベルでも働いています。
五度圏で近親調を確かめる どれか1つのキーをタップすると、そのキーのダイアトニック和音が出ます。隣のキーに移して、共通する和音がいくつあるかを数えてみてください。隣どうしなら4つ、2つ離れると2つに減ります 五度圏(サークル・オブ・フィフス) →半音階的和声はここまでです。音階の外の音を、調を保ったまま使う方法(副属和音・借用・ナポリ・増六)と、調そのものを移す方法(転調)を扱いました。
次のユニットからは、これらの規則が規則でなくなったあとの音楽を見ます。20世紀以降の和声とポピュラー音楽です。
練習問題
答えは理論エンジンで検算しています。まず自分で解いてから採点してください。
- 1
転調と移調の違いを正しく説明しているのはどれですか。
- 2
ハ長調とト長調に共通するダイアトニック三和音は、いくつありますか。
- 3
ハ長調からイ短調へ転調するとき、イ短調を確立するのに最も効果的な和音はどれですか。
- 4
ドイツの増六の和音が異名同音転調に使えるのはなぜですか。
- 5
ト長調の調号には、記号がいくつありますか。
到達確認
次に進む前に、上の項目を自分の言葉で説明できるか確かめてください。